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2009年9月27日 (日)

土曜日の夜に

昨日、東大寺の修二会(しゅにえ)の声明(しょうみょう)を聞きに行きました。修二会はいわゆるお水取りの行、声明はお経に節をつけたものです。言ってみれば、3月のお水取りの行が、国立劇場に出張してきた、ってところでしょうか。特に女性は中に入れず、幕の中の行を耳で聞くしかないので、その幕の向こうが見られるというのは貴重な経験です。お水取りって、例の大たいまつだけではないですよ。あれはほんの一部で、実際はお堂の中でいろいろな行をしているんです。そしてこの行は悔過(けか)、つまり私たちが犯してきた様々な過ちをご本尊の十一面観音の前で懺悔することです。でもね、その最中、普通のコンサートなどでは考えられなくくらい、あちこちで咳をしているんです。もちろん自然現象だからしょうがないといえばそれまでだけれど、マスクもしていない。そんなに咳をし続けるくらになら、こういう場は遠慮すべきじゃないかしら?観客の年齢層が高い(おそらく60歳以上)せいかと思ったけど、どうもそんなせいでもないみたい。しかもこれは、「行」ですからねぇ。約2時間半の間、そこここからの咳は止みませんでした。13年ぶりの公開とはいえ、欠席する勇気も必要ではないかしら。ましてや、インフルエンザの猛威が言われている昨今ですから。13年前に聞いたときには、こんなことはありませんでした。

さて、その行くときの車中です。両親と、お姉ちゃんと、弟君。でもこの弟君がどうも障害者らしい。たぶんじっとしていられない。ドアの前の好みの場所を確保したいらしい。結果として、近くにいた私にちょっとぶつかったのですね。そしたらお母さんが、しきりにわびるのです。その後も彼がちょっと暴れるたびに。こちらが申し訳なく思うほどに。そして、後ろから脚を使って、一生懸命彼をブロックしています。そして、その後ろにいるお父さんは、そのお母さんをさらに後ろから一生懸命支えている。結局終点の渋谷までいけず、下北沢で一度降りました。たぶんそういうときは一度電車から降ろして、少しおちつかせなければいけないのだろうと推測しました。ホームをみていると、お姉さんの方もそれに慣れているかのように、黙って横に立っていました。何の障害なのか、不勉強な私にはよくわからないけれど、明らかに障害だとわかったので、私はそれなりの対応をしたのです。でも、周りの人はその様子がよくわからないらしく、どたばたしている彼を変な目で見ていました。

おそらく、このお母さんはいつも彼と一緒に出かけるたびに、こうやってひたすら謝っているのでしょうね。なんだか痛々しく感じました。私たちは申し訳ないことに、いろいろな障害に無知だから、どういう障害の子がどういう行動をとるのかよくわからない。だからどうしてあげたらいいのかわからない。そういうこと、学校の授業で教えたらどうなんだろう。注意欠陥・多動性障害(ADHD)の子供をもつ場合、周りに理解されずに、ただ、お行儀が悪いと思われて苦労したというのを聞きました。私たちの勉強不足でもあるけれど、そんなことを知る場があれば、もっと理解を深められるんじゃないかなぁと思った光景でした。

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